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Ariettaのピアノ日記

ピアノと向き合う中で感じたこと、練習日記を綴っていきます

ポリーニさんと一心同体

ピアノを弾く時の脱力加減が分かってから、色々と変化がありましたが、割と大きな変化の一つに「弾きながら呼吸ができるようになった」というのがあります。

もちろん息を止めたまま何分も弾き続けることはできませんから、今までも一応息はしていたことには違いないのですが、今までのは明らかに力の入った不自然なものだった、ということが分かりました。

弾き始めは全身が緊張していますので、まるで泳ぎ始めるときのように、息を吸って、止める!ということをしてから弾き始めていました。4拍子だとすると、1、2、3、ハイ!のハイ!の部分で思い切り肩を上げて息を吸って、次の1拍め、音楽がスタートするところで完全に息をストップ!肩は上がったまま、空気は喉のところに止まったまま!…という感じで弾き始め、どこで吐いているかは全く自覚なく。曲の終わりまで「そういえば息したっけ?」という状態でした。

今まで呼吸について指摘されたことがあったかもしれませんが、意識すればするほど吸うときに力が入り、その力が抜けないので余計に自然な呼吸ができないという悪循環だったんだと思います。

なんてことは無い、体の力が抜けていれば自然な呼吸をしながら弾くことができる。

しかも曲の感じに呼吸を合わせられるようになると、表現がしやすい。
というか呼吸が音となり演奏になり聴いている人に伝わる、と言っている人もいる。
ということは極端に言うと演奏している時の呼吸の状態こそが表現だ、とも言えるのかもしれません。

とにかく、弾いている時に自然な呼吸が出来ているときは、体が上手く脱力できているということがわかりました。緊張しているときなど呼吸が止まっていることに気づいたら「脱力脱力〜」と言い聞かせています。呼吸が出来ている時は音楽と自分が自然に溶け合っているようで、今まで経験したことのないような何とも良い気分になります。


このところ相変わらず悲愴1~3楽章を聴き続けているのですが、もうかなり細部まで聴きこんでいるので、最近は演奏者とどこまで呼吸を合わせられるか、ということを試して遊んでいます。

私の持っている音源はポリーニのものなのですが、弾き始めのブレスから始まり、休符の後の入り方やちょっと緩やかになって息が抜けて行く感じなんかをポリーニさんに合わせるわけです。だんだん鍵盤から鍵盤へ動く、空中での手の動きなんかも見えてきます。そうしていると頭のなかではまるで自分が弾いているような錯覚を起こし、ピッタリ息があったときはとっても気持ち良い!

そんな感じで洗濯物を干しながら巨匠のおじさまとと一心同体になって妄想しているのが毎朝の光景です。
客観的に見たらちょっと、いやかなりキケンかもしれません。
が、家事がはかどる毎日です。

■本日の練習■
シューマン 子供の情景Op15-10
ゆっくり練習

発表会へ向けての練習が煮詰まってきました。思うようにいかなくて力が入ってしまいます。気持ちをリセットするためにあえてあまり弾かないようにしています。


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